今日(11/10)は、阿武隈高原中部県立自然公園『高柴山』(884M)
及び、堂山王子緑地環境保全地域を見回ります。
台風19号による災害から、もう一ヶ月。
お亡くなりになった方々お一人おひとりのご冥福を、切に祈り上げます。
そして、暮らしを奪われ消沈、悪戦苦闘、奮闘しておられる全ての方々に、
一日も早く、心休まる日常が取り戻されますようにと・・・。
巡視日は先の週の11/3でしたが、
如何せん、災害対応が落着とは行かず、順延。
復旧は未だし、まだ進行形です。でも、
おかげ様で、この一週間で随分と落ち着きを取り戻せました。
いつもの門沢登山口から。
地区の皆さんにより下草刈りが施されていました。感謝。
激浪のひと月、いつの間にか深秋です。
落葉を踏みしめる音が、耳に心地よく響きます。
陽精の頌に唱和する、樹々。
山精に合せられます。
水石へ。総身に注がれる阿武隈の祝福。そして、慰撫。
山頂部も下草が刈られて、すっきり。
展望台へ。
上がって、眺覧、周覧のひと時。
天を仰げば、天衷。
このひと月の間、たくさんの方々に助けていただきました。
仮に「助」の字を当てましたが、
あるいは援、或いは扶、補、輔を含意させていい。
ただただ、感謝あるのみです。
「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候、死ぬ時節には死ぬがよく候、
是はこれ災難をのがるる妙法にて候」
この「よく候」という言葉の含意、含蓄にどう思い至るかで、
「災い」は「災い」でなくなるのでしょう、きっと。
「助けてくれ」と叫び合う、その赤裸。そこに「人間」の本質があり、
そのありのままで助け合うことこそが、生というものの意味なのだ、
信頼や希望や愛の本源なのだ、との認識は、確かに頭の中に在りました。
でも、それは知解に止まり、理解してはいませんでした。
合点していなかった。
理解するとは追体験すること・・・
泥を被って、そして助けて頂いて、初めてその意味が腑に落ちました。
骨身に沁みました。
そのことがわかっただけでも、この度の被災は「よく候」、
天衷でありました。
様々な思いが過ります。それぞれ、
そのいくつかは、然るべきとき、然るべき機関、然るべき場処であらわし、
また幾つかは、徒然に、このブログで綴るとしましょう。
天の響は、"Grace be with you".
山頂部一帯を見回ります。
今日は郡山の市街が、鮮やかに見渡せます。
いつだって、ひとすじの気持ち。
異状のあるなく、安堵。
水石へと戻り、天に雍かれ、石上に安座。
この辺りは、風が柔らか。昼餉としましょう。
カップ麺をすすりながら、枯れすすきと語らうひと時。
秋が体の中に、沁み入ります。
鎌倉岳のエ~ルがうれしい。
山頂を目指す愉快な若者たち。バイクツーリングの途中とか…
いい時間を過ごせました。
そろそろ、帰るとしましょう。
秋に激されながら・・・
無事の下山、
天衷の山路に
感謝、感謝、感謝。
Fin