今日(2/16)は、二ツ箭山へ。
会津嶺は様々に有問題。
となると、俄然、磁力を増すこのお山。
陽だまりにまどろむ心根と共に、
足がすっかり馴染んでしまいました。
(念のため申し添えますが、この時季、雪あり凍りありで、
ここで踏んでいるコースなどは危ない部類に入ります。
山に不慣れな方は、経験者と同行なさって下さい。)
渓に分け入れば、飛び跳ねる水。
そして、陽射しを戴けば、穏やかにとろり。
心洗われて山脊、~岩峰に面接。
そこには、慈悲をいっぱいに浴びて、天への応答。
招きます、あの窓が。
を仰ぐ。
たまに、思い出したようにめくる『論語』。
その一節に、―
「天何言哉、四時行焉、百物生焉、天何言哉」、
(天何をか言わん哉。四時行わる、百物生ず。天何をか言わん哉。)
と。
吉川幸次郎氏の注釈を借りれば、―
「あの天をごらん。万物の主宰である天をごらん。
天は何をいうか。
なにものもいわない。
しかし天の運行によって
四季は自然に運行し、
四季のうつりかわりによって
もろもろの生物が、生育する。
しかし天は、
なにもいわない」。
孔子さんが予想しておられる「天」は、
混沌であるような秩序、秩序であるような混沌・・・
この岩には響かないな。
この岩の「天」はもっと懇ろな呼びかけ、
慈愛そのもの。
「仰ぐ」とは、親昵のこもった感謝、
信頼の応答であるに相違ない・・・。
呼ばわる響こえ。
ねぎらい、そして特大のエ~ル。
たどり着いたテラスは常連さんで大賑わい。
みなさん、お元気そうで何より~。
今日も下って上っての宙返り?
オニギリ1個パクついておいとまです。
修験台から、男岩/女岩。
沢に降り起って、源頭岩。
柔らかな光線にまどろむみずのせい。
「みずが
ひとつのみちをみいでて
かわとなってながれてゆくように
わたしのこころも
じざいなるみちをみいでて
うつくしくながれていきたい 」
(八木 重吉)
寒を透しておもてなし。
みずのじかんをあるきます。
〆張場から息せき切って突き上げれば、
月山新道。
先ほどテラスに憩っておられたみなさんが
下りて来られました。
「凍って滑っから気をつけんせ」と。
はい、気を付けます。