今日(7/12)は、移ヶ岳へ。
早朝から、地区の公園整備で、草刈り作業。ひとしきり汗。
どうせ汗をかいたのだから、山でもう一汗と、朝食をとって、いざ。
午後から雨予報ですが、天を仰げば、青い領分がかなり。
もうけものです。
瑞峰平からちょいと上ると、移ヶ岳神社への径を分けます。
道辺に、美味しそうな茸。だめ、ダメ。(笑)
かつて石材を運び出すために造られた道を、山は取り戻します。
移ヶ岳を頂きました。
しばし、眺覧、周覧。
長々と稜線を侍らす、日山。
鎌倉岳がツンと尖れば・・・
大滝根山は、ゆったり。
高柴、黒石、鞍掛の衆。そして片曽根山。奥に蓬田岳。
安達太良、吾妻の連嶺は雲陰、雲裏。
独特の風貌を有つ、鎌倉岳。
誰か登っているかな?
睦まじく高柴山、黒石山、鞍掛山。
暢びやかな、高柴山。
蓬田岳は、のほほん。
片曽根山は、船引の市街を雍ります。
わが母校、船引小学校。昔は、木造平屋でした。
はるか、郡山の市街。
空が、雲が頌います。
「想像力って、アダムの夢(ミルトン)のようなもの。
夢を見て、そして目を覚ますと、それが現実になっている、そんな。
想像力が真実や現実をつくる、そうぼくは思っている、真剣に。
どうしてって、理屈でいろいろ、どう考えたところで、
ものごとが本当に、現実に、それら自身であると、本物であると、
確信できたことなんてなかったもの。
~本物だと思わなきゃいけないんだろうけれど」
とは、イギリスの詩人Keatsの言葉。
これでもかと襲いかかる災厄。被害に遭われた方、遭わなかった方、
それぞれに、みなさん何を想うでしょうか。
夢とか、想像力とか、構想力ではない、つきつめれば、「信」。
素朴な「信」こそが、その人を救い、生かし、真実や、現実をつくり、
未来を建てるに相違ありません。
考えよう、
「自分を見つめ、自分が何であり、どこから来て、どこへ行くのか」・・・
空と雲と大地は交響して、その奈辺を、奏でています。
"Grace be with you".
いい時間を過ごせました。
山頂の可憐に、いとまを告げて・・・
後は、すたこら。
無事の下山、
閑歩の恵みに
感謝。
fin