高らかに陽精の、頌歌。
今日(12/24)は、二ツ箭山へ。
過ぐる一週は、まわりに、ご不幸が相次ぎ、都合お二方の葬礼に参列。
地上の闘いを、たたかいぬいて、天へと凱旋されたお二人の霊、安かれと、
祈らずにはおれません。
「ほら、よく見たまえ、よく聴きたまえ。
亡くなられた方たちは、生きようと欲しているのだ。
貴方のなかで生きようと欲しているのだ。
貴方の生を通して、自分の欲したものがゆたかに展開されることを
望んでいるのである」
とは、アランの言葉。
死者のための祭儀は、遺された者の、その確認、確信のためにこそ。
御滝には切々の滴り。
水に礼すれば、その謙廉に合わせられます。
水の時間を、のっしのっし。
〆張り場で沢にわかれ、山脊へ。
岩場に直下。その響に、耳澄ませます。
「天へ、天から生きよ」と。
男岩と女岩を分かつ基部へ。月山からの大きなエ~ル。
女岩へ。
途中、鎖を離して男岩。
女岩を頂きました。陽精は頌い、洋は真率で、応えます。
しばし、黙想。
下界は、クリスマス、クリスマス。
ただ、賑やかにさわぎたいだけなのか、それとも、
その名の中に神の痕跡を、響を、感じているのか、…どちらでしょうか。
イエス曰わく、―
『よくよくあなたに言っておく。
人は新しく、上から生れなければ、神の国を見ることはできない』。
そして、また、曰わく、
『あなたがたは自分のために地上に宝を積んではならない。
そこでは虫が食い、さびがつき、泥棒が忍び込んで盗み出す。
あなたがたは自分のために、天に宝を積みなさい。そこでは、
虫が食うことも、さびがつくことも、泥棒が忍び込んで盗み出すこともない。
あなたの宝のある所に、あなたの心もあるからである』と。…
かみしめたい。
洋は従順、天上の耀きを、そのままに、燦然と、あらわしています。
さてと、岩場のテラス。
土日こそ外しましたが、やはり、天下の休日。常連のみなさんの姿が。
Igaさん、M浦さんご夫妻、Y田さんが和やかに。遅れてO利さんも。
交ぜて頂き、歓談、四方山話と、相成りました。
私は、前回同様、鍋焼きうどん。(笑)
みなさんを見送り、
ぬくぬく、まったりと、恵みに浴します。
いい時間を、過ごせました。心も満腹?帰るとしましょう。
今日は周らず、往路を復します。
再び、沢へと降り起てば、水の精の迎候。
その謙廉に、倣います。
すると、上ってくる形影が。
その姿は、何と、nakajimaさんではありませんか。
「お久しぶりです」。お互いに「生きているぞ」と、確と、握手。
nakajimaさんは、御歳八十を超えて矍鑠(かくしゃく)、二ツ箭の最長老です。
しばし、歓談。溢れる元気、大きなエ~ルを頂戴しました。感謝。
畏れつつ、それぞれの上り下りへ。
後は、すたこら。
空からの、大きなエ~ルに浴せば、山路は了り…
無事の下山、
清安の山路に、
感謝、感謝。
Fin