あるく

~山の恵みの備忘録~

飯豊山/寵待(二) 2017年5月3-4日



 『飯豊山/寵待(一)』からのつづきです。


 大日岳と語らいながら、草履塚の斜面を
 愉しくくだります。
 時折、ズボっと、雪を踏み抜きつつ。

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 御西のやさしいまなざし。

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 いよいよ、御秘所。

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 岩場にデンと構えて、御秘所沢を見遣ります。
 凛々しい飯豊本山、畏服する御前坂。

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 御秘所を終えて。

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 いよいよ、御前坂。いやさ、試練坂。

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 急ぐ旅ではありません。
 せかせかしないでザックを降ろし、ゆっくり息みましょう。
 お山が、そう言ってます。

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 はぁ~、まじまじと雪。

 ずんずん降り積もり、
 固く圧せられた雪の膨大は
 連繹、連延して称名、意思と生る…。

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 お山と語らう、至福のひと時。

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 さてさて写真を撮ってぐずぐずしていると、
 後続の方が追い着いてきました。
 声をおかけすると、米沢のyamagutiさん、
 山で何度もお会いし、拙ブログをご覧頂いている方でした。
 しばし、歓談、四方山話。(カフェ御前坂で)
 
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 私もついでに。

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 すると、御前坂にぐいぐいと迫る形影。
 何と、飯豊の大魔神、リョウくんではないですか。
 聞けば、――
 福島市の高湯温泉から吾妻連峰を経て、稜線を繋ぎ、
 ここ飯豊へと、直線距離でほぼ60km、
 実歩では一体何キロになるんだか、想像もつかない様な、
 桁外れの大縦走、その旅の途中とのこと。
 いやはや、流石というか、あきれたというか…絶句。
 (HP『飯豊朝日連峰の登山者情報』↓に記録掲載。)
  *リョウくんの計算では総歩行距離102kmとのこと!

 (逆光を慮れず、ごめんなさい)

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 こんな出合いを、お山は演出してくれました。

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 御前坂を終え、
 振り返って、御秘所、草履塚。

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 一王子で来し方に感懐、リョウくん。
 旅をおもう心は、あまりにもつかれたるゆえなるか…。

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 さあ、本山小屋へ。ビール、ビール?

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 山上は、うららうらら。

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 飯豊の山頂へと招かれ…

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 こころかるく、足取りも軽く。

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 山頂は、直ぐ其処!

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 フゥ~、飯豊山を頂きました。安堵。
 一歩一歩に、ここへ来れたことに、感恩が溢れます。

 おおぞらをかける、お山の頌歌。
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 "ああましろきこころのたび
 こころのいろは かぎりなく
 ただ こころのいろにながれたり
 ああしろく ただしろく
 はてしなく ふなでをする
 わが身をおおう真珠のそら"
 (~八木重吉



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 うるわしいこころが、しんみりとしみてきます。

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 いくども幾度も、眺覧、周覧。

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 (遅れて、yamagutiさんも来頂)

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 yamagutiさんにお願いして、パチリ。

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 お山は…

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 善意そのもの。

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 しばし、吉川幸次郎氏の『中国の知恵』から、――

 "「鳳鳥至らず。河は図を出ださず。吾れ已んぬるかな」、
 … 孔子は、孔子の理想とするような時代の到来を、少なくとも、
 彼の生存の時期のあいだには、思いあきらめていたようである。
 しかしながら、絶望は、けっきょく、
 孔子の本色ではなかったようである。
 彼は人間のもつ種種の限定を知ると共に、
 いよいよ人間が善意の動物であることを信じた。
 そう私がここにいうのは、
 たえまない戦争、殺戮、それらに反撥して、そう主張した
 というのではない。そうした悪意の行為、
 さらに広めていえば人間の負うさまざまの不幸、
 要するに人間のもつ限定のさまざまを考えつづける間に、
 ほかならぬ人間は善意の動物であるということ自身が、
 そうした限定の一つとして、
 しかもその最も重要な一つとして存在すること、
 従ってそれは人間が存在する限り、
 最も確乎不動のものとして存在するということ、
 それが孔子の思索の一つの到達点であったと、
 私には思われるのである。
 ――「五十にして天命を知る」
 とは、何ごとであったか、
 命の字は、運命とも解され、使命とも解されるが、
 その両者を、ただ一つの命の字が兼ねふくんでいるとは、
 見がたいであろうか。
 人間は、どうにもならない運命の支配下にいる。
 しかし、そうしたどうにもならない運命の一つとして、
 天からさずかった使命、
 すなわち善意の動物として行動すべしという使命が
 あるのである"と。


 そして、新約書の主人公は曰う、――
 「あなたの敵を愛しなさい。人に善を行ないなさい。
 また、何も当てにしないで貸してやりなさい。
 そうすれば、あなたがたの報いは大きく、あなたがたは、
 いと高き者の子らとなるであろう。
 いと高き者は、恩を知らない者にも悪い人にも、
 情け深いかただからである。
 あなたがたの父が慈悲深いように、
 あなたがたも慈悲深い者となりなさい」と。



 "然うだ"と、
 陽精が、お山が、肯います。

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 さて、小屋に戻り、
 リョウくんとyamagutiさんと私とで酒盛りの開始。
 再会を祝します。

 酔ってしまい、
 あわや、日の入りを見逃すところでした。(笑)
 間一髪。
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 明けて、5月4日。
 蔵王の山の端から、ご来光。


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 朝の光が、少しずつ…

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 飯豊の峰々に、

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 注がれます。

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 朝餉は胃の中、パッキングは終了。
 下らねばなりません。
 さらに旅を続け、頼母木小屋を目指し、明日、
 西俣から小国に下るというリョウくんとはここでお別れ、
 再会を約します。


 山上の雪の桃源にいとまを告げて。

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 "See you, later".

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 一宿の恩義、本山小屋にも。
 
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 御前坂を、yamagutiさんと共に。

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 お山の目送に与ります。

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 お山のさやけきこころ。

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 その祈りは、"Grace be with you".

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 『飯豊山/寵待(三)』につづく。