あるく

~山の恵みの備忘録~

二ツ箭山/和順 2017年3月25日



 今日(3/25)は、二ツ箭山へ。

 明日は地区の一仕事が有り、
 疲れて使い物にならないようでは困ります。
 山歩きは軽めにせねば。
 ここのところ、春は一息入れて、
 冬と綱引きをして遊んでいるかのよう。
 天気予報などせせら笑って?
 昨日など、当地は晴れるはずなのに、雪が舞う始末。
 猪苗代も吹雪とか。
 予報が外れると変ににこつく私は、性格が悪い?(笑)

 
 
 水に礼すれば、その謙廉に合せられます。
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 ん、前方にお二人。S藤さんとY田さんでしょうか?
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 〆張り場に着きました。ここで沢とわかれます。
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 軽快な足取り、Y田さん。
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 S藤さんとY田さんは此処で、ひと息。
 お先に失礼させて頂きます。
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 岩場に直下。
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 "天を仰げ、天から生きよ"と、呼ばわる響。
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 O内さんが先行します。
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 あとひと踏ん張り。
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 ん~、爽快。
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 男岩のエ~ルに応えます。
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 女岩を頂けば、陽精の讃歌。雲が唱を合せます。
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 すっかり陽がたかくなりました。
 そのうたに耳すませます。


 下界につづく、M学園騒動。
 証人喚問で、誰が梯子を外したのなんのとは、
 K氏の、なんともいさぎよくないことよ。

 "子曰わく、
 譬えば山を為るが如し。
 未まだ一簣を成さざるも、止むは吾が止む也。
 譬えば地を平かにするが如し。
 一簣を覆うと雖も、進むは吾が往く也"
 とは、孔子の言葉。

 吉川幸次郎の釈義に頼れば、
 「行動は、あくまでも自己の努力に出で、
 自己の責任に帰するを曰う。
 たとえば築山をつくるようなものであって、
 ほとんど完成に近づき、
 もうひともっこ分だけで完成するというときに、
 そこで止めてしまうとする。
 それは外ならぬ私自身が止めるのであって、
 責任を他に転嫁することはできぬ。
 またたとえば地ならしをするようなものであって、
 その完成はまだ程とおく、
 はじめのひともっこの土を、地上にあけただけであっても、
 その進歩は、誰のものでもなく、私自身の前進である」と。

 ただ、今回のことで、
 わが宰相の人格、その品格が見え透きました。
 そのことは、彼の功績です。


 陽精が雲と一緒に、肯います。
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 さて、岩場のテラスへ。


 すでにまったりと、nakajimaさん、O内さん。
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 S藤さん、T田さん、Y田さん、M浦さん~、
 続々と常連さんが到着して、歓談、四方山話。
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 方位盤に上がったS藤さんから、"磐梯山が見えるぞ~"。
 すかさず、"私が登るとき以外は晴れるな~"とは、私。
 何と情けない。私は煩悩の塊か~。(笑)

 そんなこんなで、
 愉しい時間を過ごせました。
 感謝。



 さて、帰りましょう。
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 周回するみなさんとわかれ、私は一人だけ沢へ。


 修験台から"夫婦岩"。
 睦まじい二重唱が響きます。
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 沢へと降り起ち、水の精にご挨拶。
 通過の許しを請います。
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 水の響に耳澄ませながら。

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 水の精、その翔逸、翔華、翔踊。
 その祈りは、"Grace be with you".
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 御滝の祈願。
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 無事の下山、
 和順の山路に
 感謝、感謝。


 Fin