ありうべき祈願の信質、三十三観音。
今日(5/29)は、片曽根山へ。
遠出は節止、ちょっと裏山へと相為りました。
山頂へと高規格の道路がのび、
はたまた文明の流弊?電波施設の林立と、
山として、疎外された感のあるわが裏山へ、
足の促しに任せて、てくてく、てくてく。
上天気の下、しばし、往古の信質に触れながら、
お山を愉しむことが許されました。
感謝。
おっとりと片曽根山。
少し上ると、安達太良、吾妻の響。
アスファルトを離れ野趣あふれる小径へ。
杉木立の鬱蒼に木洩れ日。
歩いて登る者にのみ注がれるお山の無邪気。
もう直ぐ山頂ですが、三十三観音。
先に寄りましょう。
観音清水の東屋。
『片曽根三十三観音』は磨崖仏、
自然石に線彫りされているのですが、時を経て風化、
判り難いものが増えて来ました。
それぞれに時を超えて、
現実世界の不条理、その無常を超えた、安平を、豊穣をと、
おのれをこえたなにものかへ、祈願し、信心する…
そのありうべき純朴を伝えています。
(7番)
信心、――。
オバマ大統領は、広島を訪れ、演説の中で、
"Every great religion promises a path-way
to love and peace and righteousness,
and yet no religion has been spared from believers
who have claimed their faith has a license to kill."
「偉大な宗教はすべて、
愛や平和、正義といったものへの道を約束しているが、
一方で、どの宗教も、
信仰の名のもとに殺人は許されると主張する信者を、
抱えこんできた。」
と慨きました。
"no religion"という言葉には、異議無しとしませんが、
それはともかく、怜悧な人ですね。
洞察にみちたスピーチではありました。
ただ、しめくくりの
"our own moral awakening" (われわれ自身の道徳的覚醒)
という言葉が、少し空しく響いたことを、
彼のために哀しみます。
"人を打つもの
それは巧みな智慧ではない
素直な信ばかりだ"
(八木重吉)
(17番)
慈悲のような顔をと願って。
(19番)
さて、展望台へ。
安達太良、吾妻から、"Grace be with you".
眼下には、田村市船引の市街。
移ヶ岳が睦みます。
林立する、電波施設。
"Welcome, my friend".
左奥に矢大臣山。今日は山開き?
(左から)高柴山、黒石山、鞍掛山が連なります。
ベンチに腰かけ、おにぎりタイム。
宇津峰。
小沢へと廻って下ります
馬頭尊の石碑。
伐り出されてさっぱり。
花々のねぎらいエ~ルに与れば、ゴール。
無事の下山、
つつましやかな信質に
感謝。
Fin