あるく

~山の恵みの備忘録~

二ツ箭山/懐信 2015年2月8日


   今日(2/8)は、二ツ箭山へ。

   予報は曇→雨、芳しくありませんが、
   どんな天気にも、山の恵みは籠ります。

   駐車場に着くと、流石常連、
   mizunoさんとhondaさんの姿が。
   mizunoさんとは、随分と久方ぶりです。
   お二人の元気を頂戴して、ご一緒することに。
   いざ。



   杜甫に、”人生七十古来稀なり”。
   お山への懐信が香ります。
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   若輩?→弱輩?
   置いて行かれる一番若い私。(笑)
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   陽精は雲に応接中、
   水の精が
   つましく迎えてくれました。
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   岩場に直下、
   石磐の呼ばわる声に包まれ、
   しばし息を調えます。
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   雲が払われ、"Welcome!".
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   基部に上がれば、月山からのエ~ル。
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   さほど寒くなく、雪は緩んでいます。
   攀じって、上へ。
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   男岩の呼ばわる響koe
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   陽精の燦々、洋umiの調べは蔽われ、
   目の前には、月山。”今日の主役は俺oiraだよ”。
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   お山の幽旨に包まれ、談笑のひと時。
   思い思いの昼餉。
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   それにつけても、
   山に来てしまう”習慣”。

   『論語』、雍也第六に、
   「子曰わく、
   ”知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。
   知者は動き、仁者は静かなり。
   知者は楽しみ、仁者は寿(いのち)ながし”」
   とあり。
   ”山を楽しむ”に、”登山”という振る舞いが
   どう含覆されるにせよ、
   含蓄に富む言葉では、ある。

   これに続くわけではないのだけれど、
   子張第十九には
   「子夏曰わく、
   ”君子に三変有り、之れを望めば儼然。
   之れに即くや温。その言を聴くや厲”」
   とも。
   吉川幸次郎の釈義を借りて敷衍すれば、
   「君子はその自由な精神の表現として、
   三つの変化をもつ。
   最初遠くから見ると儼然として端正である。
   …そばへ行くと、温かに、おだやかである。
   遠くから見ると秋の月のように、端正であるが、
   そばへ行くと春の風のように、
   おだやかに人を抱擁する。
   そして内部からはエネルギーが、
   きびしさ、はげしさとなって溢れ出る」…。

   ”君子”を”山”に置き換えて、許されるだろうか。
   そんな、”山”のような人間になりたいのです、
   きっと。


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   帰りは一緒に周回します。
   月山から、”夫婦岩”。いつも睦まじく。
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   交響する、お山の衷心。
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   無事の下山、
   懐信の山歩きに
   感謝。
   


   Fin