まじまじと、大日岳。
今日(10/31)は飯豊、種蒔山まで。4年ぶりに西会津町、弥平四郎から。
もう雪の便り。行けるところまでと、あまり心体に負荷をかけずに臨みました。
たどり着いた登山口には微雨がお出迎え、きっと稜線は雪だろうなぁ。
でも、高気圧。
何とか三国岳まで行って大日岳が仰げればそれでいいと、えっちらおっちら。
三国小屋に着いてみると、幸いにも、稜線の雪は朝の陽光でとけており、
もう少し先まで足を延ばせそうです。何とか種蒔山まで・・・。
久しぶりの所為か?上野尻から弥平四郎へと来る途中、道迷い。
少し遅れましたが、ヘッデンを点けて出発。
少しずつガスが解かれ、前方に巻岩山の山容が。雪のパウダー。
ひと息入れて、豆大福。
情熱の秋色に激されて。
寄せては返す波のようにガスが蔽います。
そこかしこに、降雪の痕跡。
いい天気になりそう。
上ノ越を廻れば、得も言われぬ開放感。
そしてこの時季の、特権?
葉を落とした樹間から、雪をまとった飯豊のエ~ルが。
雪の光線に鼓舞され、足取りは軽やか。
日影は雪筵。長靴寅さんのパターンを刻みます。
振り返って、稜線。
雲は懐っこい友だち?
布団を被って、まだ寝てるの?
草履塚、そして朝陽に応える御前坂。
すがすがしい稜線漫歩です。
大日岳が、お目覚め?
無沙汰をわびれば、親昵の響。"Welcome, my friend".
この稜線、長く感じるのは歳の所為?(笑)
雲の頌に、陽精は譲ります。
大空に木霊する、飯豊の頌。
疣岩山分岐。
大日岳と語らいながらの、愉しい運歩。
主稜線を眺覧。
雪の結晶、その一つひとつの目迎に与ります。ありがとう。
粛として、飯豊本山。
荘潔の大日岳。
陽精の祝福に応えます。
飯豊本山~大日岳。このアングルは特権かな。
荘麗のスカイラインに酔いしれます。
雲陰、雲裏の御西~草月平。
疣岩山を越えて、いざ三国岳。
三国小屋を、ロックオン。
白き峰々に励まされ・・・
軽やかに運歩。
飯豊道は数多あるけれど、どの一つを採っても・・・
みな個性的で独特、愉しい道程です。
あらためて、つくづくと、実感させられます。
この時季、浅草は魅力的なロケーション。
疣岩山や大日岳~御西の団欒に、しばしたたずみ、ほっこり。
大日岳。まじまじと、あらためて、まじまじと大日岳。
「だが、おまえたちは自分の敵を愛しなさい。
そしてお返しを何も期待せずに、善いことをなし、貸しなさい。・・・
なぜなら、至高なる者こそ忘恩の人々に対して親切な方だからである」
とは、新約書の主人公の言葉。
生きること、そのかけがえのなさとは、善いことをする、その外にない。
自らの衷から吹き上げてくる〈善〉の息吹に応えて善いことをする。
それはきっと、「自分のいない時間のために存在すること」になるだろう。
お山もまた、善をもたらすために、善を世界に輝かせるために造られた。
お山は天を仰ぎ、陽精の頌に唱を合せて、その存在を全うし尽くしている。
お山のような人間になりたいな、・・・ならせ給えと。
さて、地蔵山や剣ヶ峰の岩稜を目の当たりにすれば、三国岳の頂は間近。
三国岳を頂きました。
小屋前でパチリ。居合わせた関西からの方と、しばし歓談、四方山話。
『種蒔山/恵慈(後篇)』に続く。